阿波踊りの後はポー&バドと砂浜へ、2012年GW四国旅行備忘録6。
道の駅「第九の里」に戻り、朝飯にホットドッグを食い隣接のドイツ館へ。

ドイツ館内でのドイツワイン祭りで試飲中の嫁。ドライバーは飲めないので俺だけ早々に外に出る。

ドイツ館の前ではドイツビールが売ってあった。試飲会場から出てきた嫁は、そこで黒ビールを買って飲む。もう!!
ここで休憩していると、何処からともなくおじさんがやって来て、チェルブリを可愛がってくれながら、「映画「バルトの楽園」のセットを残した「バルトの庭」という施設があって、犬も入れるからよかったらどうぞ。」と言う。「バルトの庭」の職員さん(ボランティアかも)のようだ。
そのバルトの庭へ行ってみた。

「バルトの楽園」とは、第一次世界大戦中の徳島県鳴門市の板東俘虜収容所が舞台で、収容所所長・松江豊寿の活躍や、俘虜となったドイツ兵と地元の住民の交流などを描いた作品。松江は俘虜に対し人道的な扱いを心がけ、俘虜による楽団が『交響曲第9番 歓喜の歌』を日本で初めて演奏した。とのこと。(ウィキペディアより)
その「バルトの楽園」のセットを移築して公開したのがここ。規模は元のロケ村の約1/3。

入場すると、まずはビデオ試写室へ。「犬もOKですよ〜」と気軽に入れてくれた。

ここでは、収容所の背景やらの説明が。
収容所長は松江豊寿陸軍中佐。松江は捕虜らの自主活動を奨励した。今日に至るまで日本で最も有名な俘虜収容所であり、捕虜に対する公正で人道的かつ寛大で友好的な処置を行ったとして知られている。板東俘虜収容所は、多数の運動施設、酪農場を含む農園、ウイスキー蒸留生成工場も有し、農園では野菜を栽培。また捕虜の多くが志願兵となった元民間人で、彼らの職業は家具職人や時計職人、楽器職人、写真家、印刷工、製本工、鍛冶屋、床屋、靴職人、仕立屋、肉屋、パン屋など様々であった。(ウィキペディアより)
そして、ボランティアの人が一人ついて、施設内を案内してくれた。

ここは管理棟。映画の小道具やらが展示。
途中から入場してきたお遍路さんも一緒に、ボランティアの説明を受ける。

印刷所の前。所内で新聞を作っていたらしい。所内で流通していたお札もここで印刷されていたとのこと。さすがドイツ人。
こちらは兵舎内。

所内にはボーリング場もあったらしい。ピンもボールも木製。遊んでいいですよ、と言うので、転がしてみた。

ボールも重いが、ピンもゴツイのでなかなか倒れない。おれは2ピン、嫁は3ピン。ま、負けた…(笑)。
そして進んでくと…。当時時使用していた本物の兵舎の横で、
阿波踊りの体験コーナーが(笑)。
ボランティアさんたちがたいそうチェルブリを可愛がってくれたのだが、話の流れでいつの間にか半強制的にはっぴを着て踊ることになっていた。チェルブリは繋いでおく。ハッピ、ハチマキ、ウチワが用意してあり、踊り方を簡単に教えてもらい(まぁ、この場では、適当に踊ってりゃいいみたい)、タイコと鐘の音をバックに踊る。

踊る我々。チェルブリがすげぇ気にしていたので、ボランティアさんにチェルブリの前で踊るように勧められる。この間ずっとカメラはボランティアの方にお願いする。

さらに踊る(笑)。踊る我々を見て、チェルブリ、立ち上がって喜んでいた(写真に撮れなかったのが残念)。
しかし、ずっと腕を上げて踊るので、腕が相当疲れる。二の腕のシェイプアップに良いのでは?
最後に、休憩所でサービスのドリンクを頂いた。軽食もアリ。

いやぁ〜意外とここは面白かった。GW初日の午前中なので、客はえらく少なかったがね。
そして、徳島阿波おどり空港方面へ向かい…

ポー&バド家と海辺へ!

前日とはうって変わり、快晴!時間が経つ毎にぐんぐん温度が上昇していく。

「あぢぃ〜」顔のポーさん。去年のNPA南木曽以来だね。

バドさんは、あの時はまだ居なかったんで、初対面でござる。

ハイテンションなポー&バド。

ブリにアプローチ中のポー&バド。年長のチェルには、なかなかアプローチは難しいようだ。

というレイチェルは、早々に草むらで涼んでおった。

かなり暑くなってきたんで、次なる場所へ。

ドッグカフェ「楓」へ。



確かにバドとブリの顔は似ているなぁ。ブリはポーと血縁関係にあるそうなのだがねぇ。

最後に店前で記念撮影。

ありがとうございました。次回は海の幸を!
ということで、この日で四国を去ることに。夕刻鳴門大橋を渡り淡路島に上陸。
淡路SAに立ち寄り、

ラーメン尊の「淡路玉葱ラーメン」をば。結構美味かったぞ。

おぉ!明石海峡大橋が七色に。

明石海峡を渡り近畿に上陸、この日は京都・桂川PAまで走って泊。
次回が最後か?続く。。。

ドイツ館内でのドイツワイン祭りで試飲中の嫁。ドライバーは飲めないので俺だけ早々に外に出る。

ドイツ館の前ではドイツビールが売ってあった。試飲会場から出てきた嫁は、そこで黒ビールを買って飲む。もう!!
ここで休憩していると、何処からともなくおじさんがやって来て、チェルブリを可愛がってくれながら、「映画「バルトの楽園」のセットを残した「バルトの庭」という施設があって、犬も入れるからよかったらどうぞ。」と言う。「バルトの庭」の職員さん(ボランティアかも)のようだ。
そのバルトの庭へ行ってみた。

「バルトの楽園」とは、第一次世界大戦中の徳島県鳴門市の板東俘虜収容所が舞台で、収容所所長・松江豊寿の活躍や、俘虜となったドイツ兵と地元の住民の交流などを描いた作品。松江は俘虜に対し人道的な扱いを心がけ、俘虜による楽団が『交響曲第9番 歓喜の歌』を日本で初めて演奏した。とのこと。(ウィキペディアより)
その「バルトの楽園」のセットを移築して公開したのがここ。規模は元のロケ村の約1/3。

入場すると、まずはビデオ試写室へ。「犬もOKですよ〜」と気軽に入れてくれた。

ここでは、収容所の背景やらの説明が。
収容所長は松江豊寿陸軍中佐。松江は捕虜らの自主活動を奨励した。今日に至るまで日本で最も有名な俘虜収容所であり、捕虜に対する公正で人道的かつ寛大で友好的な処置を行ったとして知られている。板東俘虜収容所は、多数の運動施設、酪農場を含む農園、ウイスキー蒸留生成工場も有し、農園では野菜を栽培。また捕虜の多くが志願兵となった元民間人で、彼らの職業は家具職人や時計職人、楽器職人、写真家、印刷工、製本工、鍛冶屋、床屋、靴職人、仕立屋、肉屋、パン屋など様々であった。(ウィキペディアより)
そして、ボランティアの人が一人ついて、施設内を案内してくれた。

ここは管理棟。映画の小道具やらが展示。
途中から入場してきたお遍路さんも一緒に、ボランティアの説明を受ける。

印刷所の前。所内で新聞を作っていたらしい。所内で流通していたお札もここで印刷されていたとのこと。さすがドイツ人。
こちらは兵舎内。

所内にはボーリング場もあったらしい。ピンもボールも木製。遊んでいいですよ、と言うので、転がしてみた。

ボールも重いが、ピンもゴツイのでなかなか倒れない。おれは2ピン、嫁は3ピン。ま、負けた…(笑)。
そして進んでくと…。当時時使用していた本物の兵舎の横で、

阿波踊りの体験コーナーが(笑)。
ボランティアさんたちがたいそうチェルブリを可愛がってくれたのだが、話の流れでいつの間にか半強制的にはっぴを着て踊ることになっていた。チェルブリは繋いでおく。ハッピ、ハチマキ、ウチワが用意してあり、踊り方を簡単に教えてもらい(まぁ、この場では、適当に踊ってりゃいいみたい)、タイコと鐘の音をバックに踊る。

踊る我々。チェルブリがすげぇ気にしていたので、ボランティアさんにチェルブリの前で踊るように勧められる。この間ずっとカメラはボランティアの方にお願いする。

さらに踊る(笑)。踊る我々を見て、チェルブリ、立ち上がって喜んでいた(写真に撮れなかったのが残念)。
しかし、ずっと腕を上げて踊るので、腕が相当疲れる。二の腕のシェイプアップに良いのでは?
最後に、休憩所でサービスのドリンクを頂いた。軽食もアリ。

いやぁ〜意外とここは面白かった。GW初日の午前中なので、客はえらく少なかったがね。
そして、徳島阿波おどり空港方面へ向かい…

ポー&バド家と海辺へ!

前日とはうって変わり、快晴!時間が経つ毎にぐんぐん温度が上昇していく。

「あぢぃ〜」顔のポーさん。去年のNPA南木曽以来だね。

バドさんは、あの時はまだ居なかったんで、初対面でござる。

ハイテンションなポー&バド。

ブリにアプローチ中のポー&バド。年長のチェルには、なかなかアプローチは難しいようだ。

というレイチェルは、早々に草むらで涼んでおった。

かなり暑くなってきたんで、次なる場所へ。

ドッグカフェ「楓」へ。



確かにバドとブリの顔は似ているなぁ。ブリはポーと血縁関係にあるそうなのだがねぇ。

最後に店前で記念撮影。

ありがとうございました。次回は海の幸を!
ということで、この日で四国を去ることに。夕刻鳴門大橋を渡り淡路島に上陸。
淡路SAに立ち寄り、

ラーメン尊の「淡路玉葱ラーメン」をば。結構美味かったぞ。

おぉ!明石海峡大橋が七色に。

明石海峡を渡り近畿に上陸、この日は京都・桂川PAまで走って泊。
次回が最後か?続く。。。
| 2012GW・四国 | 23:50 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑




































































































